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チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのTED講演

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  ぼくのブログは基本的に日記だけれど毎日は書いていない。でも自分の考えや思いついたことを書いているので、自分の生活記録という意味で日記の範疇に入ると思う。もう人生の黄昏に来ている男の日記なんて誰の興味も引かないだろう。事実アクセスはほとんど無きに等しいのだが、でも書き続けるのはこの自分の内面を通じて、同じような内面を持つ人と通じあうことがあるかもしれないという淡い期待があるからだ。今日ぼくの内面を覗くとそこにぼくの明日につながる出来事があるかもしれない。それは小さくfragileだけれど確実に新しいものを含んでいる。今日あった事で何か本質的なことは何かという問いを立ててみる。その問いは強力なツールだということを教えてくれたのは、 神田昌典 だった。自分の心の奥底に普遍的な領域があるのを教えてくれたのは、 村上春樹 だった。そこで得た答えは、世界で今起きつつある現実につながる個人的な道が見つかったことだ。この前の読書会で出会った ナイジェリア の現代女性作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのTED講演の英語スピーチを完全に理解することがターゲティングされたことだ。その目標に向かって手段を組み立てることが、ぼくの未来を作ることに思えた。 なぜチママンダ・ンゴズィ・アディーチェか? なぜ チママンダ・ンゴズィ・アディーチェを選んだのか、彼女の「何かが首のまわりに」を読んで考えたことを述べなければ何の説得力もないだろう。この短編は我がまちの公民館での読書会に取り上げた小説だ。若い魅力的なナイジェリアからの移民の娘が、アメリカで生活を始めると遭遇する圧倒的な経済力の差と、文化的な違和感が全身を突き刺すほどになり、 「何かが首のまわりに」まとわりついてくるように感じられる。若い白人のアフリカ研究者からストーカーのように付き纏われるが、孤立する自分が怖くなって受け入れ、婚約者として彼の両親に紹介される所まで進む。彼の両親とは価値観が合っていたが、彼とは根本のところで合わなかった。彼女は家族と一緒に住むのが自然に思えたが、彼は二人で生活する方を選んだ。折から故郷で彼女の父が死んだことを母から手紙で知ると、 ナイジェリアへ帰ると言う。彼はついていかず、必ずアメリカに戻ってきてほしいと懇願する。だが彼女はもうアメリカには戻らない決心をしたように読者の私には思えるような終わ...